フットサル発祥の地は南米のサロンフットとされる説とイギリスを中心としたヨーロッパが行った室内サッカーであるとする説があります。
どちらも室内で行うミニサッカーという位置づけで非公式に楽しまれてきました。
それをルールを統一し、定めたのがFIFAです。
南米発祥と考えれば、ボールを蹴り合うのではなく 個人技を前面に出して楽しむ競技なのも頷けます。
そしてヨーロッパが主流と考えれば、少ない人数でもパスをつなぎ相手を崩し得点を奪うシステマチックな部分は納得できます。
やはりサッカーにおける2大拠点とも言える場所が発祥の地となりフットサルも広がり、歴史を作ってきました。
日本でフットサルが広まった理由
フットサルが日本で広がった歴史としては、潜在的なサッカーの人気が考えられます。
学生時代であればクラブなどで人数が集まり、 他校と試合をすることもできました。
しかし、年齢を重ねるにつれクラブのチームの形から離れ、気楽に遊びでサッカーをしたいと考えるのが通常です。
遊びでサッカーをするとなると、チームでも11人集めなければいけません。
社会人になってくると人数を集めることも難しくなります。
休日を合わせることも難しいものとなるのも要因です。
そこでフットサルであれば1チーム5人で試合をすることができます。
人数が集めやすいのもフットサルが日本で広がった歴史の1つであると考えられます。
フットサル発祥の地、南米とヨーロッパを合わせたスタイルとも言える日本のフットサルは自由な形で広がっていったと言えるでしょう。
① 休日が少なく人が集まらないため
日本でフットサルが広がった理由として、休日が少ない 日本の社会事情も考えられます。
フットサルは人数が少なくても楽しむことができますから、忙しい日本のサラリーマンでも夜や休日前に時間をなんとか作ることができればすぐに楽しむことができます。
サッカーだと人数が集まりにくくなってきます。
対戦相手も含めると22人は必要になってきますから、対戦相手も人を集めにくく試合が成立しなくなることも多いのです。
それに比べて、フットサルであれば5人いればかろうじて試合をすることができます。
手軽に行うことができることが、日本でフットサルが広がっていった要因と考えられます。
今でこそフットサルを小さな時から行なってきて、フットサルの選手として育ってきた人もいますが、10年ほど前であればほとんどがサッカー選手としてプレーしてきた人たちがサッカーをすることが難しくなり、フットサルに移ってきたと言えます。
このように日本のフットサルの広がりは、サッカーとの関わりや社会人になった時の休日の取り方に関係しながら広がってきました。
② フットサルコートの普及
またフットサル発祥の地ではない日本でフットサルが広がっていった理由としては、 フットサルコートの普及も一つの理由と考えられます。
フットサルをするには、人工芝や体育館のコートのような場所が必要となります。
人工芝の専用コートは、なかなか作られることがありませんでした。
しかし、潜在的なフットサル人口を上手く見極め作られたかわかりませんが、様々な場所に多くのフットサルコートが作られるようになりました。
さらに市や町など公共の施設として利用されている体育館では、従来ボールを蹴ることを禁止されていたりしましたが、ネットを張ったりボールが むやみやたらに飛ばないように工夫することで利用ができるようになりました。
このようにして、たくさんのフットサル人口に対応できるようになってきました。
こういったフットサルコートの整備をしたり、公共施設での利用を可能にしてもらったことによってフットサルは日本で広がっていったと考えられます。
チーム間の交流
フットサルをすることでチーム間、個人間に交流も生まれ次々と新しい人脈ができるのもフットサルが日本で広がる大きな手助けになったと言えます。
フットサルをしていると違うチームとも対戦試合をしたくなるものです。
このような時にフットサルコートに交流掲示板を設けてくれていたり、ネット上で対戦相手を募集していたり、こういった活動によって色々なチームとの交流ができるのも魅力です。
それぞれのチームが新しく交流を持つことで、フットサル自体がどんどん広がっていったと考えられます。
フットサルは人数が少ない分、多くのチームができて交流もしやすくなっています。
このような観点からチームが分裂して新しいチームが出来たり、より大きなチームへと変わったりまた人数が増えた場合に分裂して別チームとなりながらもそれぞれ活動をしてみたり、色々な形によってフットサルは広がり活動していけるので歴史は浅くても日本で人気が出たスポーツといえます。